2009年8月26日水曜日

8/23 インカ橋




こちらも歩いて坂道を30分ほど行かないといけないのでツアーでは行かない。
やはりツアーだと老若男女いろんな人が参加するので無難なコース回りになる。

インカの道にかけられた橋

こちらも落ちたら400mの谷底に落ちるので名前を書いてからしか入れない。

8/23 月の神殿




ワイナピチュの裏側にある遺跡
山頂から降りて分かれ道があり、そこから往復2時間かかる。
多分早々来れない場所なのでどうしようかと迷ったが行くならまだ元気な今のうちだけと思ってがんばって行ってみる。

ほとんど人がおらず日陰でのんびり過ごせた。

8/23 いよいよワイナピチュ登山











ワイナピチュの登山はかなりスリリング
落ちたら数100m先の谷底に落ちるため毎年死者が出ているとの事。
そのため、入る前に必ず氏名を書いて戻ってきた時間をチェックする仕組みになっている。

実はワイナピチュの手前のハチュピチュという小山のほうがあまり整備されておらずガードなども整備されて無いためそちらのほうが危険らしい。

約1時間の登山のすえ、ワイナピチュから見る景色は絶景。
朝早く起きた400人だけが味わえる特権。

相当キツイ坂で山頂も崖だらけなので、多分今の年齢しか行けなかったと思う。

ワイナピチュにも天空の城ラピユタのような遺跡が存在している。
マチュピチュよりこっちのほうが崖っぷちに居ると言う感覚になります。

崖っぷちに立つだけでお尻の穴がすくむ感じがする。

ワイナピチュから見るマチュピチュ遺跡は絶景です。
マチュピチュからワイナピチュの尾根に遺跡が並んでいるのが良く分かります。

8/23 朝のマチュピチュ










マチュピチュに来るなら宿泊で来て、静かな朝のマチュピチュを見ることをお勧めします。


ワイナピチュ登山の前の一時間
涼しい中、ゆっくりと霧のかかる幻想的なマチュピチュや寝起きのリャマ、御来光を見ることができました。

8/23 早起きの価値は










マチュピチュ遺跡の写真を写したときに背景にそびえて写っている山がワイナピチュ山
マチュピチュ遺跡はマチュピチュ山(古い峰という意味)からワイナピチュに向かって(若い峰という意味)の尾根に向かって造られた建造物

このワイナピチュに入るには一日400人の入場制限のため、朝一番の6時にマチュピチュの門について整理券をもらわないと入れてもらえない。

ツアーでマチュピチュに参加したら、行き帰りの列車の時間を考えると4時間くらいしか滞在できないため、このワイナピチュに入ることはできない。

よってマチュピチュに宿泊して朝一番の6時に並んだ人間がこの山に登る権利を与えられる。

前日は9時に就寝し、朝の3時に起床し4時にホテルを出た。
もうその時点で50人くらいは並んでいて、その後もどんどんと人は増えていった。

まあこのくらい前方ならひとまず安心かなぁと寒い中、本でも読みながら待つ。

5:30のバスが現れたときには一斉に歓声が沸きあがり、
コネなのか賄賂なのか分からないが、いきなり先頭に割り込んだ欧米系のグループにブーイングが飛び交ったり、ちょっとした興奮状態に、、、、

薄暗い中、先頭から2台目のバスに乗り込みバスで400mほど上のマチュピチュ遺跡へ

もうすでに、マチュピチュ付近の高級ホテルに泊まっている人や朝早く歩いて上まで登ってきた人たちがすでに長い列を作っていて、バスから降りるなり列の最後列までいきなりダッシュ

ちょっとひやっとしたものの
なんとか119番の番号を書いてもらいワイナピチュへの登山権を獲得

ワイナピチュへの登山は7:00からなのでそれまではゆっくりと霧のマチュピチュ遺跡を鑑賞。

8/22 マチュピチュ(旧アグアス・カリエンテス)の町






ペルーレールの最終駅に着くとそこからバスで30分ほど登ったところにマチュピチュがあるのですが、そこにあるホテルは一泊6万ほどする高級ホテルで、私のような一般ピープルではとても泊まれませんし、いつも予約でいっぱいとのこと。

よってほとんどの人は、マチュピチュで一泊する場合、このアグアス・カリエンテスという舌を噛みそうな名前の町に泊まることになります。

今はマチュピチュ村というらしいです。

写真
 アグアス・カリエンテスとはスペイン語で温泉という意味
温泉があり、マチュピチュ観光で疲れた体を癒してくれる。


写真
 町の中を列車が通り過ぎる。
 むしろ線路に沿って街ができたという感じ。

写真
 AIKOという日系人女性がやっている店がありトゥルーチャをいただきました。
 川のあるところではトゥルーチャ(マス)が名物になるようです。

写真
 観光案内やマチュピチュの入場券、バスのチケットはすべてこの町で買えます。